東京高等裁判所 平成11年(行コ)104号 判決 2000年9月28日
控訴人
甲
控訴人
乙
控訴人
丙
控訴人
丁
右四名訴訟代理人弁護士
後藤孝典
被控訴人
町田税務署長 菱山忠一
右指定代理人
大圖明
同
磯野宏
同
髙橋勝茂
同
上賢清
主文
一 本件各控訴をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、控訴人甲の平成五年一一月二四日相続開始に係る相続税につき平成七年七月三一日付けでした更正(平成一〇年五月二九日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格三億三五〇三万円、納付すべき税額一億一〇八六万二七〇〇円を超える部分及び平成七年七月三一日付けでした右更正に係る過少申告加算税賦課決定(平成一〇年五月二九日付けの変更決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
3 被控訴人が、控訴人乙の平成五年一一月二四日相続開始に係る相続税につき平成七年七月三一日付けでした更正(平成一〇年五月二九日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格一億一〇六六万円、納付すべき税額三六六六万〇七〇〇円を超える部分及び平成七年七月三一日付けでした右更正に係る過少申告加算税賦課決定(平成一〇年五月二九日付けの変更決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
4 被控訴人が、控訴人丙の平成五年一一月二四日相続開始に係る相続税につき平成七年七月三一日付けでした更正(平成一〇年五月二九日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格一億六二二七万九〇〇〇円、納付すべき税額五三七六万一七〇〇円を超える部分及び平成七年七月三一日付けでした右更正に係る過少申告加算税賦課決定(平成一〇年五月二九日付けの変更決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
5 被控訴人が、控訴人丁の平成五年一一月二四日相続開始に係る相続税につき平成七年七月三一日付けでした更正(平成八年八月三〇日付けの更正により一部取り消された後のもの)のうち、課税価格三億五九三八万三〇〇〇円、納付すべき税額一億一七五七万〇七〇〇円を超える部分及び平成七年七月三一日付けでした右更正に係る過少申告加算税賦課決定(平成八年八月三〇日付けの変更決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
6 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
控訴棄却
第二事案の概要
本件は、平成五年一一月二四日死亡した戊(以下「亡戊」といい、同人の死亡に係る相続を「本件相続」という。)の共同相続人である控訴人ら(各控訴人はその名に「控訴人」を冠して表す。以下同じ。)が、相続税の申告をしたところ、被控訴人が、右申告に係る課税価格の計算において、A株式会社(平成九年一一月B株式会社に商号変更。以下「本件会社」という。)の株式(以下「本件株式」という。)の価額を財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七。ただし、本件に適用されるのは国税庁長官通達(平成六年二月一五日付け課評二―二ほか)による改正前のもの。)一八八、一八八―二に従い、配当還元方式により、一株当たり二〇八円と算定したのは過少評価であり、本件は、右通達の定める評価方式以外の方法で評価するのが相当な場合であり、その価格は、増資の際の引受価格により、一株当たり一万七二二三円と評価されるべきであるとして、控訴人らに対し、いずれも平成七年七月三一日付けで更正及びこれに対する過少申告加算税賦課決定(以下「本件各処分」という。)をしたのに対し、控訴人らが、右のような通達に従わない更正処分及び過少申告加算税賦課決定は違法であるとして、申告額を超える部分の本件各処分の取消しを求めたところ、原審がこれを棄却する旨の判決をしたため、控訴人らがこれを不服として、控訴した事案である。
一 法令等の定め
本件に関係する法令、評価通達及び毎年各国税局長が定める財産評価基準(以下「評価基準」という。)の定めは、原判決書六頁七行目から同九頁三行目までに記載するとおりであるから、これを引用する。
二 前提事実
本件における前提事実(末尾に証拠等の記載がないものは、当事者間に争いがない。)は、原判決書九頁五行目から同三一頁四行目までに記載するとおりであるから、これを引用する。
三 争点
本件の主要な争点は、本件各処分の適否であるが、具体的には、(一) 亡戊の相続税の算定に当たり、本件株式の一株当たりの価額について、被控訴人が評価通達に定められた評価方法によらずに評価したことは適法か(争点1)、(二) 適法であるとして、本件株式を時価評価するに際し、被控訴人が評価通達六(「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」)によらなかったことは適法か(争点2)、(三) (一)(二)が適法であるとして、控訴人らの過少申告について、控訴人らに国税通則法(以下「通則法」という。)六五条四項に定める正当な理由があるか(争点3)、である。
四 双方の主張
本件の争点に関する双方の主張は、当審において次のとおり主張を追加したことを付加するほかは、原判決書三二頁一行目から同三九頁末行までに記載するとおりであるから、これを引用する。
1 争点1について
(一) 控訴人ら
(1) 被控訴人は、本件株式については、必ずしも純資産価額に基づいた価額による買取りが行われているわけではないから、そのことを理由に、評価通達に定められた評価方式を適用しないのは違法である。
また、評価通達に定められた評価方法によらずに評価することは、平等原則に違反し違法である。
さらに、租税負担における実質的公平を害するという理由で評価通達に定められた方式による評価をしないことは、相続財産の評価に法的基準でない概念を持ち出すものであり、租税法律主義に違反する。
(2) 別件発行における引受価格は、増資会社と新株引受人という関係者間において成立した極めて特殊な価格であり、しかも異常に高い価額であるから、これを法二二条のいう時価とすることはできない。
また、本件株式のような取引相場のない株式を評価するに当たっては、当該株式を発行する会社の営業内容、会社の規模、売上高、収益、配当の額、資産の額、将来の収益見通し、将来の配当見通し、将来の公開可能性などの事実を明らかにした上、これらの事実に基づく各種の評価手法をバランスよく総合して評価するという手順を踏むべきである。
さらに、本件株式を評価するに当たっては、安全確実な評価方法を採用すべきであり、各種評価による価格に各配分を加重平均して求めるべきである。
(二) 被控訴人
いずれも争う。
2 争点3(通則法六五条四項の正当な理由の存否)について
(一) 控訴人ら
控訴人らは、評価通達に従って本件株式を評価して申告したものであるから、過少申告となったことにつき、通則法六五条四項の正当な理由が存する。したがって、控訴人らに対しされた本件各賦課決定処分は違法である。
(二) 被控訴人
争う。控訴人らに通則法六五条四項の正当な理由はない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(評価通達に定められた評価方法によらずに評価したことの適否)について
当裁判所も、評価通達に定められた評価方式を形式的に適用するとかえって実質的な租税負担の公平を著しく害するなど、右評価方式によらないことが正当と是認されるような特別の事情がある場合には、他の合理的な方式により評価することが許されるものであり、本件は、そのような特別の事情がある場合に当たり、評価通達の定めによらないで評価するのが相当であり、それによる価額は、本件相続開始日の前月末現在における別件発行における引受価格(一株当たり一万七二二三円)とみるのが相当であると判断する。その理由は、原判決書四〇頁三行目から四八頁五行目までに記載するところと同旨であるから、これを引用する。なお、当審において追加した控訴人らの主張について、次のとおり当裁判所の判断を示しておくこととする。
1 評価通達に定められた評価方法によらずに評価したことについて
控訴人らは、本件株式については、必ずしも純資産価額による価額での買取りが行われているわけではないから、そのことを理由に評価通達に定められた評価方式を適用しないのは違法であると主張するところ、なるほど、本件株式の売買契約書(甲第一一四号証の一・二、第一一五ないし第一一八号証、第一二〇ないし第一二二号証)によれば、本件株式の換金を求める株主らとCとの間に締結された株式の売買契約においては、必ずしも現金による全額決済は行われておらず、他社に対する債権を譲渡したり、所有する株式を売却したりすることによって現金決済の一部に代えていることが認められる。
しかし、弁論の全趣旨によれば、それは、本件課税時期後の平成八年八月以降のことであり、しかも、本件会社及びCの事業経営が悪化したという事情に基づくものと認められるから、前記のような本件課税時期の評価に影響を与えるものではない。しかも、純資産価額による価額での買取りが保障されていたということは、本件株式の所有者が売却を希望しさえすれば純資産価額に基づく価額で売却することが可能であったということであり、現に本件課税時期においてはそれが実現されていたのであるから(乙第四号証、第一八号証)、右売買契約書に認められる売買実例は、前記判断を左右するものではない。
また、控訴人らは、評価通達に定められた評価方法によらずに評価することは、平等原則に違反し、違法になると主張する。しかし、前記のとおり、評価通達に定められた評価方式を形式的に適用するとかえって実質的な租税負担の公平を著しく害するなど、右評価方式によらないことが正当と是認されるような特別の事情がある場合には、他の合理的な方法により評価することが許されると解するのが相当である。
さらに、控訴人らは、租税負担における実質的公平を害するという理由で評価通達を適用しないとすることは、法的基準でない概念を持ち出すものであり、租税法律主義に違反すると主張する。しかし、評価通達に定められた評価方式を形式的に適用すると、著しい税額差が生じるなど、その評価方式によらないことが正当と是認されるような特別の事情がある場合に、他の合理的な方式によりその時価を評価することとしたとしても、何ら租税法律主義に違反するものとはいえない。
2 本件株式の評価方式について
控訴人らは、本件株式の時価を別件発行における引受価格とするのは、増資会社と新株引受人という関係者間において成立した極めて特殊な価格であり、しかも異常に高い価額であるから、これをもって法二二条のいう時価とすることはできないと主張する。
しかし、右引受価格は、引受日の前月末における本件会社の純資産価額をもって決定されているのであるから、その引受人によって価格の差異が生じるものではない。また、本件株式は、取引相場のない株式とはいっても、普通株式の発行により増資する場合は公募とされており、その際には前月末における純資産価額をもって増資株式の引受が実現されていて、株式の買取りを希望するものからの買取りも同様に右前月末の純資産価額をもって実現されていたものである(乙第一八号証)から、本件相続開始日の前月末における純資産価額に基づいて取引された別件発行の引受価格をもって、特殊な価格であり、また、以上に高い価格であるということはできない。
また、控訴人らは、本件株式のような取引相場のない株式を評価するに当たっては、当該株式を発行する会社の営業内容、会社の規模、売上高、収益、配当の額、資産の額、将来の収益見通し、将来の配当見通し、将来の公開可能性などの事実を明らかにした上、これらの事実に基づく各種の評価手法をバランスよく総合して評価するという手順を踏むべきである旨主張する。
しかし、右にみたとおり、本件株式は、同族株主以外の株主がその売却を希望する場合には純資産価額による買取りが保障されており、現実にも本件課税時期には当時の右純資産価額に基づく方式で評価された価額での買取りが実現されていたのであるから、右純資産価額に基づく方式で評価された価額が法二二条の時価に相当するものというべきである。したがって、右の判断に当たり、本件会社の営業内容、会社の規模、売上高等の控訴人らの主張する事情は、これを勘案する必要がないと解するのが相当である。
さらに、控訴人らは、本件株式を評価するに当たっては、安全確実な評価方法を採用すべきであるとして、鑑定意見書(甲第一〇九号証)に基づき、純資産価格、類似業種比準価格、ディスカウント・キャッシュ・フロー価格及び配当還元価格の各価格に各配分を加重平均して算定するのが相当であると主張する。
しかし、本件株式を処分した場合に実現されることが確実と見込まれる価額(法二二条の時価)は、本件株式の買取りを希望する者から買取りが前月末の純資産価額をもって実現されているなどの事実関係に照らせば、右買取り価額であると認めるのが相当である。控訴人らの主張するような方式で本件株式の価額を算定することは、このような取引の実情を無視するものであって、採用することができない。
二 争点2(評価通達六の規定に従わなかったことの適否)について
当裁判所も、評価通達六の規定に従わなかったことに違法はないと判断する。その理由は、原判決書四八頁七行目から同四九頁七行目までに記載するところと同旨であるから、これを引用する。
三 争点3(通則法六五条四項の正当な理由の存否)について
過少申告加算税は、適正な申告をした者とこれを怠った者との間に生ずる不公平を制度的に是正し、納税義務違反の発生を防止し、申告納税制度の秩序を維持するために経済的負担を課す行政上の措置であるから、通則法六五条四項にいう正当な理由とは、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は苛酷となる場合をいい、したがって、そのような正当な理由があるというためには、納税者の申告が過少となった事由が真にやむを得ない場合であること要し、単なる納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合はこれに当たらないと解するのが相当である。
そこで、これを本件についてみるに、前記前提事実(原判決書九頁五行目から同三一頁四行目まで)によれば、亡戊は、本件株式の評価を評価通達に定める配当還元方式で行うことによって、相続税の軽減を図るため本件株式を取得したものであり、いわば配当還元方式を定めた評価通達を悪用して、相続税の大幅な軽減を図ろうとしたものであるから、控訴人らの本件申告に真にやむを得ない理由を認めることはできず、控訴人らに過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる事情も見当たらない。したがって、本件各賦課決定処分は適法であり、そこに控訴人らの主張するような違法があるということはできない。
四 結論
よって、控訴人らの本訴請求は棄却を免れず、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六七条、六五条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 近藤壽邦 裁判官 川口代志子)